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居合道とは



無双直伝英信流 初伝「前」

居合とは、約400余年前から続き、剣術と並ぶ日本の伝統的な武術です。
古い文献では"抜刀術"と書いて"いあい"と読むこともあるようです。
居合術の業は、不意の攻撃や待ち伏せ、複数の敵による襲撃などの状況が想定された構造のものが多いのが特徴です。
剣術とは似ていますが異なり、刀(日本刀)を鞘に納めた状態から瞬時に敵に抜きつけ、一撃またはニの太刀(※1)で敵を倒します。流派こそ違いますが、『子連れ狼』や『座頭市』などがそれに当たります。

私達の学ぶ居合の始祖は、林崎甚助重信(はやしざき じんすけ しげのぶ)が、親の敵討ちを祈願して林崎明神(現在の林崎居合神社)に参籠し、満願の日に神託して鞘の内(※2)の妙技を悟得して、後に居合(林崎居合)として完成したと伝えられています。

そこから多くの流派が生まれ、かつて江戸時代には数百という流派が存在し、多くの剣術道場では剣術は「表業」、居合は「裏技」として稽古され、居合は門外不出であることが多かったようです。 明治時代に入ると廃刀令が公布され、大礼服着用者・軍人・警察官以外の人間が帯刀することは禁じられてしまい、。 これにより民間人が刀を持つことはできなくなったため、流派の多くが失われたと考えられています。

太平洋戦争の時代に入ると武道が奨励され、一時的な盛況を見せました。
しかし、戦争によって流派の継承者が失われたことや、戦後GHQの占領による"武道禁止令"より 明治時代の"廃刀令"、そして第二次世界大戦後の"GHQによる武道禁止令"により、多くの流派が消えてなくなり、現代では数十の流派を残すのみとなってしまいました。
無双直伝英信流もそうして伝えられた流派の一つです。私達は、無双直伝英信流 第17代宗家 「大江正路」直門18代目 「山康吉」 より 教えを引き継ぐ第19代目 「山正博」先生の指導の下に、居合道を学んでいます。

※1 ニの太刀(にのたち)。二回目の攻撃を指す。
※2 鞘の内(さやのうち)。"最初に刀(日本刀)を鞘に納めた状態から、瞬時に抜きつけて斬る"ということ。
  
(ただし"解り良い"ように概略を述べたもので、この説明が最適ではない。)


“武術”と“武道”

「居合」は現代では「居合道」と呼ばれます。
たまに「居合を稽古して何になるの?鉄砲と戦ったら勝てないじゃないか」と言われるのですが、
居合道は"武道"なので全くそんな事は関係なく、『自己の修練』この一言に尽きます。

では、“居合道の効果”とはどのようなものが期待できるのでしょうか。

【 居合の効果 】

  • 肉体的な鍛錬
    居合道の動きを見ると分かるのですが、剣道などのように"激しい運動"はありません。
    むしろとてもユックリとした動きが多いです。

    ですが、実は「鴨の水掻き」と同じで、鍛えられた肉体があるからこそ、ユックリとしていながらも力強さが表現できるのです。
    軽々と振っている居合刀の重さは、約800g〜1.2kgの物を使います。
    「1.2kg」と聞くと軽そうに聞こえますが、そこに「重力と加速度」が加わり、それを斬り下ろした一瞬で静止させるので 実は何十倍もの力が加わります。
    これらを決められた形(かた)を通じて稽古することで、無理なく肉体的な鍛錬を行うことができます。


  • 精神的な鍛錬
    これは居合道に限った話ではなく、武道・スポーツ全般に言えることですが、 厳しい練習に耐えることで“自分の精神力強化”を図ることができます。

    「居合って厳しい練習をやるの?」と思うかもしれませんが、無相会ではやります。
    もちろんイキナリ厳しい稽古は行いませんが、錬度に応じて様々な居合の稽古を行います。
    その稽古をこなすことにより、“肉体的な鍛錬”と“精神的な鍛錬”が成立します。

  • 礼節・信義
    これも武道・スポーツ全般に言えますが、“作法等を通じての礼節”、“上位の者に対する敬意”など 日常生活の中では学びがたいが大切なことを学ぶことができます。


  • 日本に対する歴史興味の向上(おまけ)
    これはその人次第、といったところですが、稽古には日本刀(または模擬刀)を用いるので、 自ずから“歴史に対する興味”が発生してきます。
    また400余年も続く武術なので、その過程にも様々な歴史があり、そうゆうものを調べたりすることも一つの醍醐味です。


このように“武道”としての居合道を通じて、日常生活では得がたいような多くの事を学ぶことができます。

剣道と居合道

剣道と居合道は密接不離な関係にあります。このことを「剣居一体」といいます。
しかし「剣道」と「居合道」とは同じものではありません。

全日本剣道連盟の剣道の理念では「剣道は、剣の理法の修練による人間形成の道である」とされています。剣の理法というのは、刀剣による攻防の理法と解説されています。

これに対して居合道は最終的には「和(≒平和)」を求めるもので、何が何でも敵を殺すための業ではありません。必要に応じて、やむにやまれず敵を切るという考え方が根本になっています。敵が切りかかってくるので仕方なく敵を切り倒すのが居合道です。
ここに両者の違いがあります。

剣道 居合道


ところで、居合の稽古方法なのですが、上の写真を見ていただければ分かる通り、「剣道は2人」「居合は1人」で稽古をしています。
それもそのはず。居合は練習時に居合刀(または模擬刀)を用いるので、実際に人を殺める、または殺めなくても傷を負わせるようなことはできません。
そのため居合では「仮想敵」と言って、自分で相手を想像して稽古をします。

ですが適当に想像していては、“意味のない踊り”になってしまいます。
武道なので、しっかりと“相手を想定した命のやり取り”を想定・表現することが一つの居合の難しさになってきます。
これを如何に自分の中で作り上げるのか、表現するのか、こうゆうところに居合の面白さがあります。

現代における居合道の危機

居合に限らず武道全般に言えることなのですが、現代の武道はその多くがスポーツ化してきてしまっています。

この例が最近顕著に見られるのが「剣道」です。
侍の時代ではない現代、“斬る”ということを想定するのは難しく、また人を殺めれば殺人罪になってしまいます。
ですが防具を付けているとは言え、剣道は“剣の道”。つまり“相手を斬らねばならぬ”なのです。

大人ともなれば想像して稽古することはできますが、年齢が幼いほどそれは無理なことです。
よって現在の子供の剣道の多くが「当てれば一本」のような状態となってしまい、悲しい限りです。

現在、居合に関しても同様のことが指摘されています。
剣道ほど酷くはないですが、その傾向はすでに表面化しており、“形だけの居合”“理論のない斬り下ろし”などが挙げられます。
(とは言え、最初は誰もがそうである)

外部リンク



全日本剣道連盟|剣道について


Wikipedia 居合(抜刀術)



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